村上龍 テニスボーイ・アラウンド・ザ・ワールド (5)

 かろうじて市の予選を通過した長男達は、次の地区予選に出場した。ここで勝ち残れば県大会なのだが、周りの誰もがそれはないと感じていた。保護者会長の我が家の奥さんは、この日で部活を引退するであろう3年生達の為にと、セレモニーまで用意していた。たがセレモニーは行われなかった。

 たった一晩で人間が変わるなんて事があるのだろうか。少なくとも僕はそんな体験をした事がない。前日までとは全く違うプレーをする長男。何かに取り憑かれているかのようだ。チームメイトも先生達も保護者達も、全員が目を疑うような信じられない好プレーを連発して、長男達は勝ち残った。

 チームメイトが興奮し、応援の女子テニス部が大騒ぎ、お母さん達が泣き崩れ、僕は何がなんだか分からなくなり、その場をすぐに立ち去った。誰かに声をかけられても、リアクションがまったく出来ないと思ったからだ。

 長男の学校のテニス部が県大会に出場するのは十数年ぶり。部の通称は「なんちゃってテニス部」。なんちゃってテニス部も捨てたものじゃない。