村上龍 55歳からのハローライフ (12)

 村上龍「55歳からのハローライフ」。「結婚相談所」の中で僕が一番印象に残っている場面はラストの公園のシーン。主人公の女性の中に燻る過去を象徴する何かが、ふっと自然な形で抜け落ちるところが泣けるのだ。

 この短編では、気持ちを尽くすという表現が重要な部分で使われている。気持ちを尽くすという言葉は日常あまり使わない。尽くすのだから、持ち得るすべての気持ちを残らず出すという事にでもなるのだろうか?

 別れても直ぐに再会する人に対して、気持ちを尽くす必要はない。気持ちを尽くす相手とは、何らかの理由によって再会の目処が立たない相手なのだと思う。気持ちを尽くす行為とは、相手への想いを雄弁に語る事でもない。相手に対するそれまでのすべての想いを心に持ち、真面目にそして誠実に向き合い、感謝の気持ちを持つという事なのではないだろうか?

 ラストの公園のシーンが泣けるのは、彼女が気持ちを尽くしているからだ。気持ちを尽くさなければ別れる事は出来ない、次の一歩も始まらない。