村上龍 55歳からのハローライフ (9)

 60歳を過ぎて素敵な誰かに恋をしてしまったら。村上龍の「55歳からのハローライフ」にそんな男性主人公が登場する。

 ティーンエイジャーだろうが、60歳を過ぎた老人だろうが、恋をする気持ちに変わりはないと思う。日常の景色が180度違って映るような、本当に不思議な力を持っているのが恋だ。恋ほど心ときめくものはないし、恋ほど切ない想いもない。歳をとったからといってそれが薄まる事はないと思う。

 ただ若ければ若いほど、恋愛以外の他のものもある。定年を過ぎて職もなく家族もいないこの作品の男の場合、他に何もない。この恋が儚い恋であればあるほど、男の行き場は失くなる。行き場を失くした男の行動はあまりにも無様で惨めだ。それでも尚、この男を否定する気になれない。

 僕がこの男であっても、きっと同じような事をすると思う。この作品を読んで恋がしたいと思った読者はいないのだろうが、僕自身はちょっといいなと思った。どんなに無様で惨めであってもいいのだと感じた。