村上龍 テニスボーイ・アラウンド・ザ・ワールド (1)

 5月初旬、長男がテニス大会に出場した。2年間テニスを習ってきたが、大会に出場するのはこれが初めてだった。そして右も左も分からずハラハラドキドキで臨んだ初大会は、家族にとって忘れられないものとなった。

 まさかこんな事が出来るとは。家族も誰一人知らない内に、長男はスライスサーブを打てるようになっていた。スクールで長男を教える一風変わったコーチが、密かに教えてくれたのだと云う。その日スライスサーブはおそろしく曲がった。リターン出来る者がいない。面白いようにサーブが決まり、長男はサーブだけで勝っていった。そして最終的に3位になれたのだ。

 こう書くと単なる親バカと誤解されてしまいそうだが、サーブ以外は下手で、打ち合いはすべて負けていた。たまたまその日、サーブが運良く曲がっただけだ。だがそんな事はどうでも良かった。試合に勝つという喜びを知った事、家族はそれが何よりうれしかった。あの日の長男の顔が忘れられない。

 野球で失った自信を、長男はテニスで取り戻した。