村上龍 無趣味のすすめ (4)

 僕の勤務先の会社に、あるおじいちゃんが毎日のようにやって来る。

 何をしに来るのかというと仕事である。だがこのおじいちゃんはもう何年も前に会社を退職している。それでも来てしまうのである。もちろん報酬は払われていない。創業家以外で役員まで登り詰め、過去に大変な功績があったという事もあり、会社をこの出社に見て見ぬ振りをしている。おじいちゃんは自分の判断で現在の仕事をしているのだが、その仕事は既にコンピュータ化されており、誰ひとり現在のおじいちゃんの仕事を必要としていない。

 おじいちゃんには仕事以外に何も無いのだ。会社を出たら人との繋がりが無く、当然のごとく趣味も無いのだろう。だがそんな事はお構いなしに、おじいちゃんは幸せだ。大好きな仕事を一生涯ずっとしていられるから。

 おじいちゃんが今どれだけ幸せだろうと、この状況は間違っている。おじいちゃんにたったひとつでも趣味があったら、状況は変わっていただろう。村上龍は趣味は老人のものだと云うが、老人になってからでは遅い。