村上龍 逃げる中高年、欲望のない若者たち (1)

 僕は長野の山の中に住んでいる。自宅はちょうど標高1000mだ。大震災のあった夜、小学4年の次男が僕に尋ねた。ウチにも津波くるかな?

 こんな呑気な会話をしていたのも震災当日だけ。次第に被害が明らかになるに連れ、震災に関する会話は無くなった。あまりに甚大な被害を目の当たりにするにつけ言葉を失ったのだ。事実が次々と報道されていく中、それを形容する言葉が思いつかない。僕が生まれてから今日に至るまでに起きた出来事の中で最大に最悪だ、というくらいしか思いつかない。

 こんな事ではいけないのだが、何もする気が起きない。昨日から何もしていない。昨日はTVやネットを遮断して「攻殻機動隊」のDVDをずっと観ていた。今日も出社したが心ここにあらず。思考停止とはこういう事か!

 僕のように思考停止に陥った日本人が多くいるのだと思う。だがずっとそれでいいわけがない。早く前を向かなければならない。やらなければいけない事がたくさんあるはずだ。もう逃げきる事はできない。