村上龍 歌うクジラ (22)

 村上龍「歌うクジラ」。小説が始まった時点で、アキラの父親はこの世にいない。それでもアキラを通して垣間見る父親は素晴らしい人物だ。

 ゴミ溜めのような場所に暮らしつつも、データベース管理の仕事を任され、最下層の中でも例外的に知的な存在。この父親の最も偉大な点は、自分が置かれた環境の中で、可能な限りのすべてを駆使してアキラを育てた事だ。アキラに備わった能力や性格は、すべて父親譲りなのだ。

 小説を読みながら、僕もこのような父親になりたいと思った。どのような環境に放り出されても、ひとりで生きて行けるように育てる。アキラはそれを証明した。自分の子もそう育てたいと思う。アキラの父親は理想の父親だ。

 だが思いは簡単に打ち砕かれる。この父親がアキラの実の父親でない事、更にこの偽父親の行動全てがヨシマツによって事前に仕組まれたものである事が、最後に明かされるのだ。これほど酷い裏切りはない。アキラにとって唯一の心の支えが父親だったのに。この事実、僕は我慢ならない!