Nirvana / Smells Like Teen Spirit

 僕の友人に上村愛子と親しい者がいる。彼は普段、上村愛子について一切語らないのだが、お酒を飲むと、時に上村愛子の事を熱く話す。そしてその話は上村愛子に対する愛情でいつも満ち溢れている。僕は彼が大好きなので、いつしか上村愛子に対しても特別な感情を持つようになっていた。

 バンクーバーオリンピック・モーグルの決勝、結果は残念だったが、上村愛子の滑りは本当に素晴らしかった。僕は競技中ずっと鳥肌が立ちっ放しで、メダルを逃した瞬間ほとんど放心状態となった。そして上村愛子がインタビューで涙を流しているのを見て、僕も涙がこぼれた。上村愛子と関わりのない僕でさえそうなのだから、彼はTV の前で号泣していたに違いない。

 決勝が終わって数時間後に彼からメールが来た。上村愛子の事は一切書かれておらず、まったく別の用件だった。それには驚いた。まだ競技の興奮が冷めやらない中、内心は平静ではいられないはずなのに、彼はもう前を向こうとしていたのだ。当たり前だが上村愛子の人生は彼の人生ではない。彼には彼の進むべき道がある。いつまでも感傷に浸ってはいられない。その事を彼はよく知っているのだ。僕はますます彼を好きになった。

 僕は要件の返事に上村愛子を称える内容を添えてメールを送った。彼からは、愛子は本当によく頑張ったと思うという一文だけが返ってきた。今度彼と一緒に飲むときには、たっぷりと上村愛子の話を聞いてやろうと思う。

 決勝で上村愛子のバックに流れていたNirvana は、あの時の上村愛子の滑りによく合っていた。愛子さん、本当にお疲れ様でした。