村上龍 裏JMMの海岸 Q:1044

Q:1044
 日本社会に貧富の格差が広がっているという指摘が目立つようになりました。国家は、貧困に対して、どの程度の、またどういった形での責任を負うべきなのでしょうか。

編集長 村上龍 ジャパン・メール・メディア

 なんか、アッという間に年末になってしまいましたね。歳を追うごとに1年間という時間の単位が短くなっていく。本当に困ったもんです。

 村上龍 裏JMMの海岸。今回は難しい質問ですよね。そもそも貧困に対して国家が責任をとってくれるんですか?

  日本には立派な憲法もありますし、国家には貧困に対する責任があるはずです。でも個人レベルで考えてみて、国家が責任を負っているから安心と思う人は皆無です。仮にそう思っている人がいても、いざ自分が貧困を感じる境遇となってしまった時には、間違いなく裏切られます。少なくとも個人レベルでの国民は、貧困に対して国家をアテにしてはいけないと思います。

 何をもって貧困と定義するのか難しいです。自分は貧困だと思っているすべての国民を、貧困を感じないレベルにするのは不可能です。日本の場合、貧困って気持ちの問題だと思うから。希望を持てる事が出来るような何かがあればイイですよね。希望さえあれば貧困からは救われます。

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