村上龍 コインロッカー・ベイビーズ 33

 「聞こえるか、僕の、新しい歌だ」。ハシによるこの言葉は、上下巻2巻にわたる長編・村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」の最終ページ最後の1行です。そしてこの言葉がこの作品のすべてなのかもしれません。

 キクによる鮮やかな破壊が行われた後、ダチュラによって廃墟となった東京で、完全なる狂人となったハシは、ついに音の正体を突き止めます。繰り返される陰惨な殺戮の中で、母親の胎内で聞いた心臓音を聞くのです。

 そしてこの音は、ハシに絶対的な平静と秩序をもたらします。それによってハシは、世の中で必要とされる人間と不必要な人間という概念を超越したんじゃないですか。つまりそんな事は生きる上で何の関係も無い事だと悟る事が出来た、コインロッカー・ベイビーズという枠組みを飛び越えたんです。本当の自分の歌は自分にしか歌えない。キクが最後に「俺達は、コインロッカー・ベイビーズだ」と自分を肯定したのと同じです。

 ハシが初めて前を向いた。「聞こえるか、僕の、新しい歌だ」。