村上龍 コインロッカー・ベイビーズ 32

 村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」。キクがダチュラを追い求め、一直線に破壊への道を突き進むのに対し、ハシはロックスターとなった後も、催眠療法で聴かされたあの音を執拗に探し続けます。その音の正体が何か判らない内は、けして本当の自分の歌を歌えないと思うからです。

 母親の胎内で聞いた心臓音、絶対的な平静と秩序。母親の胎内にいた時の自分とは、オマエは不必要な人間だと宣告される前の自分です。そこに戻らないことには、ハシは現在の自分をいっさい肯定できない。

 現在の自分を肯定できれば、本当の自分の歌を歌えるのではないか。そしてその歌によって、初めて自分は周りから必要とされる人間になれる。

 爆発的なエネルギーを外へ外へとドライブさせたキク、同じく爆発的なエネルギーを内へ内へと向かわせたハシ。2人のコインロッカー・ベイビーが歩んだ道は対照的です。爆発的なエネルギーが内へ向かえばどうなるか。待ち受けているのは狂気です。ハシの精神は完全に破綻していきます。