村上龍 ライン 7

 「ピアッシング」は最終的には最悪の事態を免れており、主人公たちにもほんの僅かとはいえ希望らしきものを感じる事が出来ました。村上龍「ライン」はどうなんでしょう。「ライン」に希望はあるんですかね?

 有名となった「ライン」の最終行です。「人間は他人によって自分を確認している、もしそれが正しいのだったら、わたしには他人というものがない」。カッコいいラストですね。おそらくこれが「ライン」の全てなんでしょう!

 20人以上にわたる登場人物を使って、これでもかと提示したネガティブイメージの人物像。彼らには自分を確認すべき他人がいない、だから自分もいない。そんな「ライン」に希望はないですよね?

 じゃあ、絶望しているのかと言えば絶望しているワケでもないんですよ。「ライン」に提示された世界というのは、感情の差し込む余地のない、ただの現実なんじゃないですかね。「ライン」は読むことによって何かを感じ取るのではなく、現実を受け入れるための作品なんじゃないかな?

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