村上龍「愛と幻想のファシズム」の最大の読みどころ、トウジのパラドックス。実はそのパラドックスを鮮明に写し出している鏡がゼロなのです。
トウジは非常にタフで強い人物として描かれ、ゼロは類い希な何かを持っているはずなのにいつも何かに絶望している弱い人間として描かれます。しかし一方で、トウジが自らのシステムに取り込まれていくのに対し、夢の中で生きるゼロはシステムに呑み込まれたりはしません。
フルーツがトウジに「他人の中にしか自分は見つけられないんじゃない。あなたが知っているゼロ、私が知っているゼロ、ゼロ自身、ゼロは3人いるのよ。」という有名なセリフがあります。
つまりゼロとはトウジ自身。トウジから見えるゼロとはもう1人のトウジ自身です。トウジのパラドックスは、トウジが鏡を見る度に(ゼロを見る度に)トウジを混乱させます。「愛と幻想のファシズム」というのは、トウジのゼロに対する相反する感情の物語、愛情と憎悪の物語なのです。