村上龍 悲しき熱帯 2

 村上龍の「悲しき熱帯」に収録されている5編は、よくよく考えると悲しい物語ばかりです。よく考えないと悲しいと思えないのは、作品全体が熱帯地方に特有な異常な熱気を帯びている点と、龍さんの作り出した独特の狂気に支配されているからだと思います。

 たとえばコメディのような滑稽さの飛べないスーパーマンの物語「ハワイアン・ラプソディ」の舞台が、ハングライダー世界選手権開催中の熱帯のハワイ・マカブの断崖ではなく、津軽海峡(冬景色)の断崖だった場合に、この物語は途端に悲しすぎる物語へと変貌します。

 また「フィリピン」に登場する主人公の青年ヴォイスと、巨大アメリカ資本の映画ロケ隊の双方に、読者がこれっぽっちの狂気すら感じなかったとしたら、ひたすら暗い物語になっていたでしょう。

 熱帯地方を舞台にして楽しい物語を書いてもしょうがないですし、狂気が無い世界で悲しい物語を書いても暗いだけって事ですかね。天才ですね、龍さん!